波田須から大泊に向かう道で、清水寺泊観音が名前の由来とされます。1964年に清水寺は廃寺となり、本尊が麓の清泰寺に移されました。麓から登る参道には33体の観音像が並んでいます。江戸時代には大吹峠とともに利用された道です。
大吹峠から北側にある観音道を結ぶ尾根道で、松本峠や七里御浜を望む展望台や大きな猪垣があります。
標高205mの峠付近には江戸時代に築かれた猪垣が残り、1950年頃まで大吹茶屋が営業していました。熊野古道では珍しく竹林が広がります。
鎌倉時代に敷かれたと伝わる石畳が残り、一つ一つが重厚で大きいのが特徴です。波田須集落には、徐福の宮と呼ばれる大きなクスノキが茂る社があります。古来、不老不死の薬を求めて中国から渡ってきた徐福が上陸し、陶芸などの技術を伝えたといわれています。
谷を挟んだ二木島峠の向かいにあり、標高は290mです。名前の由来は伊勢の神と熊野の神が出逢う場所という説や、かつてオオカミが出没したために名付けられたという説があります。
標高240mの峠で、小さな漁村の二木島集落からゆっくりと苔むした石畳の道を登っていきます。集落の上部にある一里塚跡の周りにはキリシタン灯籠や巡礼供養碑が立ち並びます。
標高305mの甫母峠を越える険しい道で、かつてはこの峠を境にして、「志摩国」と「紀伊国」の領地が分かれていました。名前の由来は、自分の領地は「自領」、他人の領地は「他領」と呼び、それが「次郎」、「太郎」になまったと伝えられています。道中には江戸城の建設に使われた石材の石切場跡や、クジラに見えるという鯨石、美しい熊野灘を望む楯見ヶ丘など見どころの多い道です。また、峠にはほうじ茶屋跡が残り、その名前は領地の境を示す「傍示」に由来するといわれています。