熊野市駅の正面に位置し、手荷物預かりやレンタサイクルなどが利用できます。また、熊野大花火大会や熊野市内の観光スポットの展示があります。

熊野古道を訪れる人たちの憩いの場所。

創建は1411年と伝わり、正式名称は浄薬寺です。後白河法皇と京都の三十三間堂に縁のある寺院です。頭の病気に御利益があるとされることから、多くの参拝者が訪れます。また、江戸時代には、熊野川を渡る楊枝の渡し場がありましたが、現在では三和大橋を渡ります。

伊弉冉尊が火の神である軻遇突智をこの地で産んだとされ、安産祈願の神社として崇拝されています。また、大祭で古くからさんま寿司が出されていることから、さんま寿司発祥の地とされています。

日本最古の神社と伝えられ、日本神話の女神イザナミノミコトの御陵です。境内にある約45mの巨岩そのものが御神体として祀られ、170mの長さを持つ大綱がかけられています。熊野における自然信仰の姿を今日に伝えている神社です。

熊野灘に向かって吠える巨大な獅熊野灘に向かって吠える巨大な獅子の姿をした岩で高さは25 mあ子の姿をした岩で高さは25 mあります。井戸川上流にある大馬神ります。井戸川上流にある大馬神社の狛犬と伝えられています。

熊野灘の荒波によって削られた海熊野灘の荒波によって削られた海食洞が約1.2キロ続く独特の地形食洞が約1.2キロ続く独特の地形です。遊歩道が大岩壁と海の間です。遊歩道が大岩壁と海の間に設けられ、迫力ある景観を楽しに設けられ、迫力ある景観を楽しめます。

日本の棚田百選のひとつで、大小の水田1,340枚が折り重なっています。1601年には2,000以上の水田がありましたが、過疎化により1992年には530枚まで減少しました。そこで、地元住民の保存活動が展開され、現在の数に回復しました。毎年、30,000円を寄付すると、その年に自分の水田を持つことができるユニークなオーナー制度があり、田植えや稲刈りに参加することができます。また、毎年6月になると虫送りと呼ばれる行事があり、虫を追い払うために松明、太鼓、鐘を持って夜の棚田を歩きますが、その光景が幻想的であることから、多くの人が訪れる夏の風物詩となっています。

本宮道は花の窟から熊野本宮大社への近道として、横垣峠、風伝峠、万才峠を経て小雲取越の途中で中辺路と合流する道です。

標高135mの登りやすさに加えて、美しい石畳が残り、展望台から七里御浜が一望できることから伊勢路の中でも人気の高い峠です。峠には高さ1.8mの大きな地蔵が立っており、猟師が妖怪と間違えて、鉄砲で撃ったという話が伝わります。江戸時代には「木本峠」と呼ばれていました。

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