天台宗の寺院であり、平安時代から江戸時代にかけて、ここから僧侶が遥か彼方の観音浄土である補陀落山を目指して、小舟で南の海に出航する補陀落渡海が行われた地です。9世紀から18世紀の間に約20回行われました。境内には、補陀落渡海を行った僧侶の墓碑があります。

補陀洛山寺と隣接し、神仏習合の名残をみせる熊野九十九王子の一つです。現在は、熊野三所大神社と号しています。

王子ヶ浜から三輪崎に至る海岸沿いの峠道で、熊野速玉大社と熊野那智大社を結ぶ中辺路として開かれ、途中には孫八地蔵、金光稲荷神社など見所があります。

阿須賀神社から高野坂に向かう途中にあり、熊野九十九王子の一つです。東京都北区にある王子神社は、この浜王子から勧請されました。

熊野川河口の蓬莱山の麓に鎮座し、主祭神は事解男命です。古くから熊野三山の神々を祀り、平安時代には熊野詣において、「阿須賀王子」として扱われていました。

日本最古の神社と伝えられ、日本神話の女神イザナミノミコトの御陵です。境内にある約45mの巨岩そのものが御神体として祀られ、170mの長さを持つ大綱がかけられています。熊野における自然信仰の姿を今日に伝えている神社です。

標高415m、伊勢神宮から熊野本宮大社を目指して歩いてきた巡礼者が最後に越える峠です。志古からは長い上り坂が続き、5.8km歩くと中辺路の小雲取越に合流します。

日本の棚田百選のひとつで、大小の水田1,340枚が折り重なっています。1601年には2,000以上の水田がありましたが、過疎化により1992年には530枚まで減少しました。そこで、地元住民の保存活動が展開され、現在の数に回復しました。毎年、30,000円を寄付すると、その年に自分の水田を持つことができるユニークなオーナー制度があり、田植えや稲刈りに参加することができます。また、毎年6月になると虫送りと呼ばれる行事があり、虫を追い払うために松明、太鼓、鐘を持って夜の棚田を歩きますが、その光景が幻想的であることから、多くの人が訪れる夏の風物詩となっています。

風伝峠の麓の後地集落で本宮道と分かれて吉野に向かう北山道にある峠で、石畳が残る道が丸山千枚田へと続きます。標高390mの峠から少し登った展望台からは丸山千枚田を眼下に見下ろすことができます。

尾呂志から矢ノ川へ抜ける標高257mの峠です。東側からは石畳が続きます。伊勢路では唯一、峠で茶屋が営業されています。

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