標高113mの低い峠ですが、東側の登り口からは峠まで急坂が続きます。南側は緩やかな道で、途中には世界遺産登録を契機に復元された総ヒノキ造りの熊ヶ谷橋があります。

正面に丸山島が浮かび、海岸の北側には若宮神社が鎮座し、小さな漁港と浜辺が続きます。三浦峠登り口へは、浜の突き当たりから舗装路を登っていきます。

古里から道瀬の間にある海岸線をたどる土道で、明治時代に開かれました。展望台からは熊野灘に浮かぶ美しい「紀伊の松島」が見渡せます。江戸時代には、現在のJR紀勢本線の海野トンネル上にある鋸坂が山越えのルートとしてありましたが、鉄道敷設などによって、使われなくなりました。

標高73m、スギとヒノキに覆われたなだらかな峠です。北側の登り口には地蔵が立っており、登り口の南側は平方峠とも呼ばれる小さな峠です。

伊勢から熊野三山を目指す巡礼者が、初めて熊野の海を目にした見晴らしの良い沖見平には、江戸時代の紀行作家である鈴木牧之が詠んだ二句の木板が立っています。4月から5月にかけてはオンツツジの群生が咲き、新緑に鮮やかな彩りを添えます。

標高241m、並走するツヅラト峠と比べると高低差の少ない峠です。

江戸時代初期に開かれた峠には旅籠を兼ねた茶屋があり、大正時代から昭和時代にかけては、人力車の中継地として常時4~5台止まっていましたが、1930年の鉄道開通とともに茶屋は閉じられました。

緩やかな明治道と急坂の江戸道が並走して残っています。

標高357m、かつては「伊勢国」と「紀伊国」の国境だった峠で、伊勢から熊野三山を目指す巡礼者が、初めて熊野の海を目にした峠です。

江戸時代以降は荷坂峠が正式な紀伊国の玄関口となってからも、昭和初期まで生活道として使われました。峠の南側には谷に面して野面積みの石垣や石畳がよく残っています。

なお、「ツヅラト」とは、九十九折のことです。

お天王さんを過ぎると、土の道の竹林を通って脇谷川まで急勾配を下り、河原を渡って、楠ヶ野まで上がります。
注意:増水時は無理に通り抜けず、舗装された道路を迂回してください。

不動谷川と呼ばれる深い谷を流れる川があり、昔からの難所でした。谷間伝いに大曲がりを余儀なくされたことから、「バカ曲がり」と呼ばれるようになりました。現在は、鉄道の建設により入口が封鎖されたため、線路の下をくぐる暗い通路を通り抜けます。無事に通路を抜けたら、谷に沿って茶屋跡を通り過ぎ、 木橋を渡り高架橋の下をくぐると、国道42号に合流します。
注意: 増水時は無理に通り抜けず、舗装された道路を迂回してください。

大内山川沿いのヒノキ林に囲まれた約600mの平坦な土の道です。途中、景色の綺麗なビューポイントがあります。

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