熊野那智大社、那智山青岸渡寺の参道です。約640m、267段の苔むした石段が敷き詰められおり、樹齢800年を越す夫婦杉やクスノキ等に囲まれた、熊野古道を代表する面影が残る場所です。かつて熊野那智大社の大門があったことが、名前の由来とされます。坂の途中にある茶屋では、平安装束を身にまとって参詣する体験プランがあります。

宇久井を過ぎると、国道42号に沿って、小狗子峠と大狗子峠の2つの小さな峠を越えます。「狗子」とはクジラのことを意味するといわれ、捕鯨の見張り場が峠にあったとされます。

熊野川河口から運ばれてきた砂礫が堆積してできた約4キロの海浜で、アカウミガメの産卵地としても知られています。

鬼ヶ城から熊野川河口まで約22㎞も続く、日本で一番長い砂礫海岸です。雄大な熊野灘と砂浜、松並木が織りなす独特の風景が見所です。
砂浜波打ち際は太平洋の波が打ち付けており、流れが速いため、歩く際は注意が必要です。

標高135mの登りやすさに加えて、美しい石畳が残り、展望台から七里御浜が一望できることから伊勢路の中でも人気の高い峠です。峠には高さ1.8mの大きな地蔵が立っており、猟師が妖怪と間違えて、鉄砲で撃ったという話が伝わります。江戸時代には「木本峠」と呼ばれていました。

波田須から大泊に向かう道で、清水寺泊観音が名前の由来とされます。1964年に清水寺は廃寺となり、本尊が麓の清泰寺に移されました。麓から登る参道には33体の観音像が並んでいます。江戸時代には大吹峠とともに利用された道です。

尾鷲市街地と小さな漁村である三木里を結ぶ道であり、峠は標高647m、かつては「西国一の難所」と呼ばれ、伊勢路で最も険しく、山賊やオオカミが出没して巡礼者を苦しめました。道中には、旅の途中で亡くなった巡礼者の墓である行き倒れ巡礼供養碑が数多く建てられています。

大吹峠から北側にある観音道を結ぶ尾根道で、松本峠や七里御浜を望む展望台や大きな猪垣があります。

標高205mの峠付近には江戸時代に築かれた猪垣が残り、1950年頃まで大吹茶屋が営業していました。熊野古道では珍しく竹林が広がります。

鎌倉時代に敷かれたと伝わる石畳が残り、一つ一つが重厚で大きいのが特徴です。波田須集落には、徐福の宮と呼ばれる大きなクスノキが茂る社があります。古来、不老不死の薬を求めて中国から渡ってきた徐福が上陸し、陶芸などの技術を伝えたといわれています。

上に戻る