かつては神仏習合の修験道場として隣接する熊野那智大社と一体化していましたが、明治時代に入り、神仏分離令の影響から、独立して天台宗の寺院となりました。1161年に始まった西国三十三所巡礼第一番札所でもあり、江戸時代には多くの巡礼者が伊勢神宮・熊野三山・西国三十三所を一度に巡礼したそうです。

那智山の中腹に鎮座する那智大滝を御神体とする熊野三山の一つで、主祭神は熊野夫須美大神です。境内には樹齢約850年のクスノキの御神木があり、空洞化した幹の中に入る胎内くぐりをすることができます。

天台宗の寺院であり、平安時代から江戸時代にかけて、ここから僧侶が遥か彼方の観音浄土である補陀落山を目指して、小舟で南の海に出航する補陀落渡海が行われた地です。9世紀から18世紀の間に約20回行われました。境内には、補陀落渡海を行った僧侶の墓碑があります。

補陀洛山寺と隣接し、神仏習合の名残をみせる熊野九十九王子の一つです。現在は、熊野三所大神社と号しています。

那智大滝は高さ133m、幅13mと一段の滝としては日本一の落差を誇ります。熊野那智大社の御神体として古くから崇拝され、滝壺のそばには飛瀧神社があります。また、滝を含む周辺一帯は那智原始林として守られ、那智四十八滝と呼ばれる大小の滝からなる修験道の行場が上流にあります。

熊野那智大社、那智山青岸渡寺の参道です。約640m、267段の苔むした石段が敷き詰められおり、樹齢800年を越す夫婦杉やクスノキ等に囲まれた、熊野古道を代表する面影が残る場所です。かつて熊野那智大社の大門があったことが、名前の由来とされます。坂の途中にある茶屋では、平安装束を身にまとって参詣する体験プランがあります。

宇久井を過ぎると、国道42号に沿って、小狗子峠と大狗子峠の2つの小さな峠を越えます。「狗子」とはクジラのことを意味するといわれ、捕鯨の見張り場が峠にあったとされます。

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